咸宜園入門体験式の紹介

淡窓先生の咸宜園に入門してみませんか。咸宜園当時にさかのぼって、入門体験を行っています。

好評だった「咸宜園入門体験式」を7月から復活しました。以前、咸宜園の秋風庵(当時のままの建物)で実施していました。その時は、入門体験者が二百数十名まで増えましたが、コロナのため残念ながら一時休止にしました。そんな中、7月から、咸宜園入門体験を淡窓生家の本館で復活しました。その一コマをご紹介します。           場 所     本館1号室(淡窓と淡窓を支えた8賢人の展示)                                                  期 日     令和 7年 7月21日                                                            入門希望生   6名(女性)                                                                      

下写真 (淡窓役・・館長 6名の入門希望生)

                                                              開始                                                                             本日、令和7年7月21日、大和の国 奈良から1名、生駒から5名、計6名の方々が、私たちの咸宜園に入門してくださいました。有難うございます。私は、この咸宜園を経営しております 廣瀬淡窓と申します。皆さんがこれから勉学に励む咸宜園はこのようなところです。

下写真(当時の咸宜園の校舎絵図を提示)

 皆さんは今日から、この校舎で6年ないし7年間、勉強に励んでいただきます。それでは、これから勉強に励む咸宜園が、どのようなところか、私の作った「休道の詩」をご紹介しながらご案内申し上げます。

「休道の詩」提示 

休道他郷多苦辛、同袍有友自相親、柴扉曉出霜如雪、君汲川流我拾薪

休道他郷多苦辛 道(いうことを)休(やめよ)  他郷(たきょう)苦辛(くしん)多(おおし)と私は、入門希望の方に必ずこの詩を紹介して咸宜園の様子を知らせております。6名の皆さんは大和の国の奈良・生駒から、慣れない他郷の日田の地にやってきました。そして明日から始まる咸宜園の暮らしはとても厳しいものです。まず、私の教育の理想は、生徒と先生が同じ場所で寝起きを共にしながら学んでいくことです。ですから皆さんは全員この絵の一番奥にある二階建ての建物「学寮」で寝起きをし、園内の各建物で勉強してもらいます。次に、勉強の心構えとして「律(りっ)して後(のち) 学ぶ」を大切にしています。つまり、勉強する前の心や身を厳しく整えて、その後学習に励むようにしています。ですから咸宜園には厳しい決まりが、いくつもあります。また、咸宜園には他の学校ではあまり見られない、一日の学習スケジュ-ル表があります。現代の学校では当たり前となっている一日の時程表です。

下写真 学習スケジュ-ル表提示(咸宜園での1日を紹介)

                                                              皆さんはこの時刻表に従って、毎日暮らしていきます。まず、起床は午前5時です。冬の間はまだ真っ暗です。午前中は、教科の勉強や講義です。午後からは試験がずっとあります。そして、夕食後も勉強は続き、午後10時の消灯まで勉強は続きます。これが毎日です。外出が出来たり、自由にされる休みは月に一日だけです。咸宜園での大変なことは、これだけではありません。月旦評といって月一回、成績を発表する試験制度があります。

下写真(嘉永年間6月の月旦評提示)

                                                            月旦評は、前月の一日一日の試験の点数を加算して、級を上げたり下げたりする試験制度です。翌月の初めに発表しますので「月旦評」と呼んでいます。咸宜園は、入学する前の身分、年齢、学歴を全て奪い、みんな平等です。ですから、今日入門する6名の皆さんは、この表の一番下にある「無級」の欄に名前が載ります。そして、頑張った人が上級に上がっていく実力主義の学校です。頑張れば、農民出身者が武士の子に勝てるということもあります。こんな学校は全国広しといえどもここしかありません。ほとんどの人が、6級ぐらいまで上がって卒業していきますが、ここまで上がっていくのにあの大変な毎日が6年から7年間続きます。まさに苦辛多しです

同袍有友自相親    同砲(どうほう)友(とも)有(あ)り  自(お)のずから相(あい) 親(した)しむ毎日毎日、つらく大変なことが多かろうが、苦労を共にした同袍(なかま)や友だちがいるじゃないか。お互いに励まし合って、故郷 奈良や生駒を出てくるときに抱いていた夢を成し遂げるように頑張ろうではないか。忘れてはならないのは、あなた方が奈良や生駒を出てくるとき、心配で不安でたまらなく、あなた方の姿が見えなくなるまで、ちぎれんばかりに手を振って見送ってくださったお父様、お母様のあの姿を忘れることなく 辛くても苦しくても夢を成し遂げるように頑張ってほしいのです。                                                 柴扉曉出霜如雪 柴扉(さいひ) 暁(あかつき)に出(いず)れば、霜(しも)雪(ゆき)の如(ごと)し空に曉(残月)がまだ残っている真っ暗い朝、みんな起床です。柴の戸を開けて外に出ると霜が雪のように降っている寒い朝ですが、みんなで朝ご飯の用意をするのです。                                       君汲川流我拾薪 君は川流(せんりゅう)を汲(く)め 我は薪(たきぎ)を拾(ひろ)わんさあ!君たちは川に水を汲みに行きたまえ 私達は山に霜のかかった小枝を拾いに行ってきます。一緒に朝ごはんの用意をしましょう。このように咸宜園というところは、助け合い、いたわり合いながら共同で事をなすところです。それでは今から、あなた方 6人がこの咸宜園において、苦しくても辛くても最後まで成し遂げられるよう、私の心、咸宜園の魂を、この歌に込めて、あなた方一人一人の胸に打ち込んであげますので、どうぞ咸宜園に在学中、この歌を大切にしていただきたい。 

下写真(「休道の詩」を吟詠  6人の胸に淡窓の心 咸宜園の魂を入魂)

                                                            道(いうことを)休(やめよ)♫~。と、館長の美声(?)で休道の詩を6名の入門希望者の方の一人一人の胸に、淡窓の心・咸宜園の魂としてしっかりと打ち込んでいきました。一人一人の目をしっかり見て真剣に行う入魂の儀式は、この入門式の中で最高潮に達しました。                                                                 本日入門した大和の国からの6名の皆さん。今日から私達と共に、夢をつかみ取るよう頑張っていきましょう。ちなみに今、私が魂を打ち込む時に詠った方法は、皆さんが良くご存じの詩吟の詠い方ではありません。実は、咸宜園出身者に熊本から入門し、後に内閣総理大臣になった清浦圭吾という方がいらっしゃいます。この方が、総理大臣をやめられて若い頃を回想した時、「入門式で淡窓先生から休道の詩を入魂していただいたな-」、そして、「よくみんなが集まったときや休み時間に、進んで詠っていたなあ」「懐かしいなあ!」と、当時詠っていた通りをレコード化してくださったのです。このレコドが当館にございます。この詠い方は、咸宜園の「宜」と「園」を取って「宜園流」と言われており、私はその通り詠ったのです。まさに、淡窓先生が入門者一人一人の目を見て心と魂を打ち込んでいったのです。

下写真  (本人の入門書 入門を希望する者は入門書を書いて提出   下記入門書は8月17日の入門者分)                             

それでは、只今から係の者が「白い紙」を一枚とマジック一本を配ります。令和咸宜園に入門を希望する方は、この紙に「出身地」「名前・年齢」「本日の入学年月日」を書いて提出してください。

                                                          体験入門の儀式全て終了                                                                                 本日は私たち咸宜園に入門くださり誠に有り難うございました。咸宜園の特色「夢を持つこと」「助け合うこと」「感謝の気持ちを持つこと」の三つが主です。園生としてこれからの日々の生活でこの三つに挑戦していってください。淡窓先生もきっと喜ばれると思います。以上で、咸宜園入門式を終わります。

 

7月から復活した 咸宜園入門体験は、終了と同時にすべての方が感動して、大拍手をしてくださいます。私はその時、決まってこう申しております。「私に拍手は不要です。主人公は私ではなく、今日入門された、あなた方一人一人です」。どなたも晴れ晴れとした顔で帰ってくださいます。ぜひ、当館に足を運んでいただき、貴重な体験をしてみませんか。

2025年8月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : hiroseshiryoukan

暑さ日本一の日田で!廣瀬資料館が熱い!

両替の体験に来館者も 大満足!!

 暑い日が続きます。そんな中でも、豆田町の廣瀬資料館は熱いですよ。本館で今、来館者の方に一番気に入っていただき、満足して帰ってもらっているのが、掛屋の「両替体験」です。掛屋商人であった廣瀬家は、大名等にお金を貸すなど金融業を生業としました。その中で、両替商も同時に行いました。主屋の一角に当時の両替時の天秤や豆銀・板銀・文銭を展示しています。只今、資料館が熱く盛り上がっているのは、この両替の展示コ-ナ-です。ここでの、両替の説明や実体験がとても「珍しい」とか、「面白い」とかで人気を集めています。7月13日の様子についてご紹介します。長崎からのお客様でした。

 

場所は、資料館一角の「両替商コ-ナ-」。 ここで、掛屋商人の仕事内容や両替の仕組みをご説明しております。

 

実際に、当時の「秤」や「豆銀・板銀」を使いながら「両替の仕組みをご説明します。皆さん、東日本と西日本とで大きな違いがあったことに驚きます。

 

両替を希望する当時のお客さんが、入ってくる「大戸」の説明です。

 

いよいよ「大戸」を開けます。来館者に手伝っていただきます。お客さんは、興味津々です。

 

来館者の手を借り「大戸」が上がりました。扉が全開しました。中から玄関が見えると来館者は大感激です。

 

ちょっとした寸劇が始まります。両替役を希望する来館者と、番頭役の来館者の掛け合いに、笑いが起こり、皆さんの気持ちも最高潮になります。

 

両替の全てが終わったら、皆さんは、引き戸から帰っていただきます。帰りは、「楽しかった!」「勉強になった!」と、どなたも大満足で帰っていきます。

7月より、両替の体験コ-ナ-を設けました。まだ一カ月たちませんがとても好評です。皆さんもぜひ、楽しくて、思い出に残る「両替体験」をしてみませんか。お待ちしています。8月からは、1号館で、「咸宜園入学体験」も行うよう計画しています。このことについては、実際の様子を後日紹介いたします。

2025年7月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : hiroseshiryoukan

お雛様祭り終了 感謝!感謝!

 「日本遺産 日田天領お雛様祭り」が終わりました。期間中のご来館誠に有り難うございました。                   2月15日から3月31日まで開催されていたお雛様祭りが終了しました。今年度も、当資料館がある豆田町にも多くの観光客が訪れ、とても賑わいました。当館も「廣瀬8賢人と時代雛」というテ-マのもと展示に工夫をこらし雛祭りに参加しました。「雛人形の歴史」を展示して、雛人形の流れを古代から現代までお知らせしました。「とても分かりやすい!」と好評でした。この他にも、廣瀬家最古の「元禄雛」、大型人形禁止令が出される以前の大型人形の「享保雛」、面屋正次郎作のユニークな「御所人形」などは、来館者の足がいつまでも止まっていました。多くの方が、満足して館を後にしてくださいました。期間中、ご来館くださった方々に心より感謝申し上げます。来年も心を込めて展示し、皆様方をお迎えします。                                         まつり期間中の館内の様子をご紹介します。

 先ずは、満開に咲いて来館者の皆様をお迎えした「椿」と「モクレン」の花をご紹介します。館内の敷地には、4つの庭があります。どの箇所にも江戸期からの古木があり、歴史を感じさせます。今回ご紹介する花は、1号館前に咲き、最初に来館者をお迎えする「椿の花」です。「まあ-、きれい!」と、清々しい気持ちで見学をスタートしてくださいました。本宅庭園に咲く真っ白な「モクレン」の花は、青空に映え、写真のスポットとなりました。残念なことに、「モクレン」の開花時は3月中旬のわずか1週間です。この期間中に、来館された方はラッキ-でした。

  「いらっしゃいませ!」とお迎えした「椿の花」

  左「梅の古木」と「満開に咲いたモクレン」

   青空に映える真っ白な「モクレン」

掛屋廣瀬家の「商売の業績」を熱心に見てくださいました

 大型人形「享保雛」には、誰もが足を止めていました

   学芸員の説明に満足していただきました

  一番人気のあった面屋正次郎作「御所人形」

 一大行事の「お雛様まつり」が終了しました。5月から、掛屋久兵衛の「公共事業」の業績の遺品・遺作を特別に展示します。商人でありながら、淡窓の「感謝の心」を心に刻む久兵衛は、地域のため多くの事業に取り組みます。以前より、この頃の久兵衛活躍についてお知らせしたかったのですが、今回実現の運びとなりました。展示に最大限の工夫をして、皆様をお迎えします。ぜひ、ご来館くださいますようお願いします。

2025年4月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : hiroseshiryoukan

日本遺産 天領ひな祭り開催‼

 廣瀬資料館の時代雛 皆さんをお待ちしています‼                                                      立春の候、全国の皆様方いかがお過ごしですか。お変わりございませんか?梅の花がつぼみを膨らませ、本格的な春の到来を待ちわびています。今年も2月15日から3月31日の間、「天領日田のひな祭り」が開催されます。昨年もたくさんの方がおいで下さりとても賑わいました。今年も各家々で色々と工夫をこらし、皆様方のお越しをお待ちしています。

                                                                   当資料館では、今年のテ-マを「廣瀬家の特色ある時代雛の展示」とし、当館最古の「元禄雛」、一番大きな「享保雛」、作風が異色の「御所人形」、奈良時代が垣間見える「天平雛」、庶民に流行った「おきあげ雛」等々・・・。これらの雛人形は、廣瀬家が家宝として大切に伝えてきたものです。一体一体にその時々の思いが込められております。まさに、廣瀬家の暮らしと共に過ごしてきた時代雛です。今年度は、手作りの看板で皆様をお迎えいたします。。ご来館くださり、館長や学芸員のお話を聞きながら見ていただくとさらに面白いし、満足していただけると思います。                                                                                                                                 以下、特色ある時代雛を数体ご紹介します。

                                      当時、人形のやりとりは「一体」あるいは「一対」で相手に贈答していました。近年の「五段飾り」や「七段飾り」の人形ではありませんでした。一体や一対ごとに木の箱に入れ、誰が誰のためにまで表記されています。このコ-ナ-では、特色ある一体・一対の人形を集めて展示しています。 

                                                                今年はじめて設けたコ-ナ-です。ここでは、廣瀬家に伝わる貴重で珍しい人形を展示しています。ぜひ見ていただきたいです。

                                                                当館で一番古い「元禄雛」です。1600年後半の作で雛人形の源流と言われています。冠や顔に特徴があります。

                                                                当館で一番大型の人形で「享保雛」です。高さが60センチメートルを超えます。八代将軍吉宗が「大型人形禁止令」を出す以前の作と云えます。

                                                      この人形は、面屋正次郎の「御所人形」です。時代的には近年の作ですが、とてもユニークで珍しいものです。

                                                              「天平雛」を展示しました。作られた時代や作者名は残念ながら不明です。奈良天平時代の様子が垣間見える珍しい人形です。

                                                               江戸期筑後川流域で流行った庶民の人形「おきあげ雛」を展示しています。台紙に布を切って貼り付けていく重ね着の雛人形です。庶民の暮らしや願いが垣間見える人形です。                                                今回も、資料館の展示として「人形の特色」「作られた背景」「歴史の流「人々のくらし」などが感じ取られるものにしていきました。見て感じることが第一ですが、見て時代相にも触れていただけると幸いです。多くの皆様方のご来館をお待ち申し上げます。

2025年2月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : hiroseshiryoukan